神奈川のパワースポット 鎌倉宮

 
 
 
東京新宿占い館
平龍徳鑑定事務所 
    占いパワースポット 鎌倉宮
 
ご祭神
 護良親王(大塔宮)
 
 
鎌倉宮のご祭神は、後醍醐天皇の第一皇子・護良親王(もりながしんおう)です。
 
明治2年、7月のご創建かかり、勅額鎌倉宮を賜り、
同じく明治6年6月、「官幣中社」に列せられました。
 
    悲運の最期を遂げた皇子・護良親王
 
 
1308年にお生まれになった護良親王は、はじめは尊雲法(そんうんほう)親王という名でした。
10歳で比叡山 延暦寺の大塔に入室し、
20歳の時には代117代天台座主、
21歳のときには代119代天台座主をつとめました。
そのため大塔宮と呼ばれており、その後に還俗して尊邦(たかくに)、尊形(たかなり)とも名を改めますが、最終的には護良親王と改めました。
 
後醍醐天皇が北條氏を滅ぼそうとされた時には、
護良親王もまたその謀に輿かり、まず近畿の諸々の寺の僧徒たちを味方につける必要がありましたので、
嘉暦元年(1326年)9月、梨本門跡(現在の三千院)となり大僧都をつとめ、嘉暦2年3月、天台座主となりました。
 
天台座主となった親王は、これより大いに山徒の信頼を得ていく中でも、北條氏の滅亡の策を練り続けました。
元弘元年(1331年)、内密のはずの策略が漏れてしまい、
後醍醐天皇は数名の近臣とともに笠置山に行幸し、
いっぽう藤原師賢(ふじわらもろかた)卿に天皇の衣を着せて延暦寺の西塔に向かわせます。
僧徒は天皇の衣を着ている藤原卿を天皇と思い込み、競って西塔に集まりました。
 
 
そこで親王は、弟の尊澄法親王と共に僧兵を率いて八王子に陣を構えます。
翌日多くの兵を撃退しましたが、僧徒は真の天皇ではないことを知ると皆逃げ失せてしまったので親王は余儀なくその場所を離れて楠正成(くすのきまさしげ)の赤坂城へ入りました。
 
赤坂城を出ると、吉野・熊野・高野などに出発して時期を待ち、元弘2年、吉野の大衆を引き連れて愛染寶塔に白を築きます。
また密使を諸国に派遣して令旨をつたえると、これに応じて兵になる者が多くおりました。
 
 
すると翌3年に、北條高時は二階堂貞藤を遣わして吉野を攻めてきました。
親王は出来るだけ防戦し、高野山に入りました。
このとき親王は河内信貴山の毘沙門堂におり、赤松則村の兵が破れかけているという状況を聞き、延暦寺の僧徒に命令を下して、赤松則村を助け出します。
いっぽうでは新田義貞が、北條高時を攻めた末に滅ぼし、足利尊氏らも敵を打ったので、後醍醐天皇は都へ帰れることとなりました。
 
 
親王もまた都へ入洛して(帰り)、久々に父である天皇を拝して、征夷大将軍に任ぜられます。
それも実に短い期間で、その3ヶ月後には成良親王が征夷大将軍となりました。
 
当時、足利尊氏は諸将の上にいて最も勢力を振るっていて征夷大将軍の地位を狙っておりました。
そのため征夷大将軍であった親王を妬んで倒そうともくろんでおり、
親王もまた尊氏によって幕府擁立されることを危惧し、尊氏を除こうと決意することとなり、二人は相反目する事となります。
 
 
ところが不幸にして、建武元年(1334年)11月、
逆に尊氏の策にはまってしまい、天王も親王の謀を知るに至り、
ついに親王は捕らえられて鎌倉・東光寺の牢のなかに幽閉されてしまいます。

建武2年(1335年)7月、 鎌倉に攻め入った北條時行(ほうじょうときゆき)の軍に破れた尊氏の弟、足利直義(あしかがただよし)は逃れる際に、家臣である淵辺義博(ふちべのよしひろ)へ親王暗殺を命じました。

 
刀を携えて向かってくる義博に、親王は9ヶ月をも幽閉され衰弱しきった身体では戦う事もかなわず、わずか28歳という若さで生涯を終えられました。

明治2年2月、明治天皇は建武中興に尽くされ、非業の最期を遂げられた護良親王(もりながしんのう)に対して、遥かに想いを馳せられ、親王の御遺志を高く称え、
永久に伝えることを強く望まれました。

親王終焉の地、東光寺跡に神社造営のご勅命を発せられて、
御自ら宮号を「鎌倉宮(かまくらぐう)」と名づけられました。
 
そして明治6年4月、明治天皇は初めて鎌倉宮に行幸遊ばされました。
お休みになられた行在所は現在、宝物殿・儀式殿となっております。
 
 
拝殿前には、鎌倉宮の伝統とも言える「獅子頭守」(ししがしらまもり)が参拝者の皆さんを迎えてくれます。

ご祭神の護良親王が戦の時に兜の中に獅子頭の小さなお守りを忍ばせて自らの無事を祈った事が由縁となっています。鎌倉宮の創建当初からのお守りです。









鎌倉宮のあじさい

滅多に見れない白いあじさい

 

 

 

拝殿前には、鎌倉宮の伝統とも言える「獅子頭守」(ししがしらまもり)が置かれています。

護良親王が戦の時に兜の中に獅子頭の小さなお守りを忍ばせて自らの無事を祈った事が由縁となっています。鎌倉宮の創建当初からのお守りです。

 

 
    占いパワースポット鎌倉宮のアクセス・交通
 
 
鎌倉宮のホームページ
http://www.kamakuraguu.jp
 
神奈川県神社庁ホームページ
http://www.kanagawa-jinja.or.jp
 
 
電車のアクセス
 JR「鎌倉駅」下車、東口から徒歩で約30分。
 江ノ電「鎌倉駅」下車、徒歩30分。
 
鎌倉駅からバスのアクセス
 鎌倉駅 東口から、京急バス【鎌20・4番】大塔宮行き、大塔宮下車。
 
自動車のアクセス
 東京方面からは、横浜横須賀道路「朝比奈インター」から5km。
 関西方面からは、名神高速、東名高速を利用し「大井松田インター」で降り、
 約5分。
  無料駐車場があります。
 
 
所在地
〒248-0002
神奈川県 鎌倉市 二階堂 154番地
電話番号 0467-22-0318 
 
 
 
東京新宿占い館



  平龍徳鑑定事務所
 占い鑑定士  龍徳


  
03-6380-0444


tairaryutoku@gmail.com


東京新宿の占いなら
平龍徳鑑定事務所


〒160-0022
東京都新宿区新宿3丁目12-2
      安室ビル4階



 ------------------------


鑑定の受付時間



予約受付時間
 12:00~21:00




-----------------------



Amebaブログ