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    熊本  菊池神社 占いパワースポット
 
 
ご祭神
 菊池 武時
 菊池 武重
 菊池 武光
 等、二十六柱の武将霊を祀っています。
 
 
菊池武時は、南北朝時代に後醍醐天皇から北条英時を打つように勅命を受けましたが、その計画が敵に知られたばかりか、力を貸してくれるはずの少弐貞経(しょうにさだつね)・大友貞宗(おおともさだむね)は菊池武時を裏切って敵側に加勢をします。
 
元弘3年3月、それでも菊池武時はくじけず一族をひき連れて、
博多の北条英時の館に攻め入りますが、少弐と大友の勢力も加わった北条英時の軍には兵数で圧倒的に不利となり、囲まれてしまいます。
 
そこで武時は、長男の武重を呼んで言います。
 
「 われ今仁義のために身を棄てる。死は少しも恐れない。
  しかし生きて凶賊を滅ぼすことの出来なかったのは如何にも残念である。
   そのほう直ちに家へ帰り、居城を全うして御上と国とに尽くせ」
 
と言い終わって衣の袖を裂き、
 
「 故郷に今宵かぎりの命とも、知らでや人の我を待つらん 」
 
と、辞世の和歌を血書して与えました。
 
しかし武重は同じく此処を死に場所と定めていますので、容易に立ち去ろうとはしません。
すると武時は声を励まして叱って言います。
 
「小信を守り大義を忘るるようでは、良将勇士の名は得られぬぞ。」
 
さすがの武重も、これには返す言葉もなく、泣く泣く別れて立ち去りました。
 
武時はもはやこれにて思い残すことは無いと、残兵を指揮して奮戦しましたが、
ついに刀折れて、菊池一族はことごとく死んでしまいました。
 
 
菊池武時像
 
 
慶応4年(1868年)、明治天皇は菊池氏の祭祀を行うように命じられました。

明治天皇は「 菊池氏は祖先である武時以来、累代皇室に勤労し、其誠忠臣分の模範 」
と賞賛されて祭祀を望まれました。


これにより、明治3年(1870年)、
菊池城本丸址に社殿が造営され、同年4月28日に鎮座されました。
 
 
社殿が建てられている地は、菊池本城跡の場所です。
菊池本城の周囲には、八つの城が囲っていたと伝わり、上の写真はその碑です。
 
 
明治11年には、「別格官幣社」に列せられています。 
 
 


社務所
 
境内には大切に育てられた菊の花が並べられていました。
 
埋め込まれた菊花16紋。天皇家とのゆかりをあらわします。
 
摂社 城山神社
ご祭神は、菊池十代・菊池武房です。
 
城山神社の立て札
 
 
 
菊池神社の立て札
 
 
    占い・パワースポット菊池神社
 
  
 ご鎮座地
  〒861-133
 熊本県菊池市隈府1257
 
 
 
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