東京新宿占い館
平龍徳鑑定事務所 


    愛知県  砥鹿神社
 


大己貴命(おおなむちのみこと)をお祀りしている砥鹿神社(とがじんじゃ)です。
 
代表的な開運招福・国土開拓・縁結びのご利益の他にも、交通安全や家運隆昌、厄難除けの諸祈願にもご利益があります。
 
ご祭神である大己貴命は、スサノオノミコトの御子としてお生まれになりました。
またの名は大国主神、大物主神、大國玉命、八千矛神、大穴牟遅神と数えるほど多くあります。
いつしか世間では大黒神と称されるようになり、福の神のイメージがすっかり定着しています。


 
「但馬(たじま)風土記」によれば、神代と呼ばれる時代に大己貴命は国土を開拓し、諸国を巡幸されて 少彦名命とともに但馬国にお移りになって、更に東に位置する方三河国(かたみかわのくに)に向かわれたとあり、砥鹿神社社伝には、その後 大己貴命は「本茂山(ほのしげやま・・・現在の本宮山)」にとどまって、この山を永く神霊を止め置く所「止所(とが)の地」とされたという記述があります。
 
もとは現在の里宮の上に離れた所にある海抜789メートルの本宮山(ほんぐうさん)の山頂に鎮座しておりました。
本宮山は砥鹿大神が鎮まります霊山とされています。
東三河平野のどの場所からも拝することが出来ることで、古来より人々の崇敬の対象とされてきた山です。

その後、ご神託があったことにより現在の里宮は創建されたと伝えられています。
どのようなご神託かというと、文武天皇の大宝年間に天皇の病を鎮めるため、草鹿砥公宣卿が勅使として「煙巌山」に使わされた時の出来事が伝わっています。
公宣卿は三河の山中において道に迷ってしまいますが、この時に出現した不思議な老翁の導きによって無事に祈願を果たすことが出来て、その上に天皇の病も癒されたそうです。
お喜びになった天皇はこの老翁に礼を尽くすため、再びこの地に勅使を派遣されました。 
公宣卿は再び三河国本茂山に入って老翁と会い、望みを問います。
その時の老翁の望みにより山麓に宮社が建立されました。

砥鹿神社は文徳実録、三代実録や延喜式などの種々の古書に記されている歴史ある神社です。
慶長7年6月16日、徳川家康公より御朱印 百名を賜っており、その後徳川代々の将軍からの崇敬があったものと伝えられています。
 
明治4年5月14日には、国幣小社に定められました。



 
砥鹿神社には日本一大きなさざれ石が鎮座しています。ここまで大きくなるにはかなりの年月を要したと思われます。
 
 

所在地(里宮)
〒441-1231
愛知県豊川市一宮町西垣内2
0533-93-2001
 
里宮のアクセス
自動車  ・東名高速道路「豊川インターチェンジ」より、新城方面に車で約5分
電車     ・JR飯田線「三河一宮駅」下車徒歩約5分
 
 
奥宮のアクセス
自動車   ・東名高速道路「豊川インターチェンジ」より、新城方面に 信号「川田」を
 左折後、「川田山田平」を右折。
 信号「杉山北」を左折後、「和田」を左折し、県道527号線へ。

・里宮から奥宮までは、車で約45分の距離です。
・上長山1丁目登山口より、徒歩で約2時間かけて登拝するコースもあります。
 



     
  平龍徳鑑定事務所 

 占い鑑定士  龍徳


03-6380-0444


東京新宿の占いなら
平龍徳鑑定事務所


〒160-0022
東京都新宿区新宿3丁目12-2
      安室ビル4階



 ------------------------


鑑定の受付時間



予約受付時間
 12:00~21:00




-----------------------



Amebaブログ