沖縄のパワースポット「首里城」

 
 
 
東京新宿占い館
平龍徳鑑定事務所 
     占いのパワースポット 首里城公園
正殿

沖縄県は日本の最南端かつ最西端にあり、多くの島から成り立っています。
首里城公園は、沖縄県那覇市に位置するかつての
琉球國の城跡として世界遺産に指定されています。
当時は琉球國(りゅうきゅうこく、ルーチュークク)と呼ばれており、約450年続いた王朝です。
琉球王国の成立は、今からおよそ580年前の1429年に、尚巴志(しょうはし)という人物により統一されました。

統一以前の沖縄は、各地に按司(あじ)と呼ばれる豪族のような存在がおり、勢力争いが続き、やがて大きな三つの勢力となり三山時代と呼ばれていました。
それを滅ぼしていき統一政権を確立させたのが尚巴志です。
しかしその後に家臣であった金丸によってクーデターが起こり、尚氏を滅ぼして金丸が国王となります。金丸は貿易に支障がないように尚という姓を引き継ぎ、尚円と名乗りました。ここから「第二尚氏王朝」と呼ばれます。
 
色彩豊かな琉球の文化は、貿易国である中国・アジア諸国・日本本土の影響を受けながら築き上げた独自のものでした。
首里城の赤い瓦は、当時は珍しく貴重な瓦でした。当時の中国では赤は高貴な色とされていたことから、首里城のみが赤瓦だったと伝えられています。
時が流れた現代では、沖縄の民家にも赤瓦は定着しているように思います。

     琉球 独自の信仰文化
 

琉球王国は国王(男性)を頂点とし、その配下には三司官などの役人がおり、
評定所をはじめとした政治組織の体制がありました。
それと同様に信仰の世界においても女性の神官である「神女」たちによって祭祀がなされていました。
国から任命された神女たちによって王国各地の祭祀行事などはとりおこなわれました。

それぞれの地域にある聖地「御嶽(うたき)」において、村々の豊作や航海の安全、そして国家の安泰を祈願しました。
神女は国からの辞令書によって任命されており、国の重要な国務を果たす存在です。
神女の階級には「聞得大君(きこえおおきみ)」という頂点がおり、琉球語では「チフィジン」、もしくは「チフィジンガナシ」と呼ばれました。
ガナシとは加那志と書き、身分の高い人を呼ぶときの接尾美称です。
歴代の聞得大君は、国王の娘、王妃、あるいは国王の母など、国王に近い女性が就任しています。

聞得大君の配下には、
・首里大あむしられ
・真壁大あむしられ
・儀保大あむしられ
という三人の神女がおり、国王の下にいる三司官のような形で配属されていました。
この三人の大あむしられの下には大阿母(おおあも)、ノロと呼ばれる神女がおり、
それぞれの村の祭祀行事を司っていました。

出典
上里隆史 喜納大作(2012)『知れば知るほどおもしろい 琉球王朝のすべて』河出書房新社


     トキとユタの存在
 

トキとは、日取りの吉凶を占う易者(占い師)で、トキになるのは主に男性でした。
彼らは書物を用いて、日の吉凶を占いました。
人々は予定を立てる時はトキに依頼して、おのおのの目的を行なうにはどの日が良いか占ってもらい、スケジュールを決めていました。
首里王府内にも「時之大屋子(ときのおおやこ)」という王府に任命された専属のトキがいました。代々の時之大屋子によって、王府の祭祀行事などの重要な日程を決定していました。
 
ユタはご存知の方も多いかもしれません。
ユタとは、女性の霊能力者です。依頼を受けて呪術を用い、依頼者の憎い人を呪ったり、スピリチュアルな相談を受けていました。
現代にもユタはおりますが、圧倒的に後者だと思います。
ユタの霊能力とは、一例では家族の病気を相談してきた人などに対し、霊的な力を用いてその解決方法を示すなどでした。
昔は病気は霊や呪いによるものと信じられていました。そのため民衆は、病気になったらユタに頼んでみてもらっていたのです。
 
ユタは神女のノロとは違います。
祭祀行事や神事に関係する女性であり似ていますが、対極的な存在です。
ノロは王府の祭祀行事をつかさどる聖職者であるのに対し、
ユタは生まれ持った霊感があるシャーマンです。
ノロは国王から任命され、代々の女系家族でなる国務員なのに対して、
ユタは個人的な能力を目覚めさせた人であり、任命や資格のようなものはありません。
 
このトキとユタは、1728年に王府から禁止令が出され、時之大屋子も同じ時期に廃止となります。
トキが廃止された理由は、占いの暦から科学的な暦へ変わったことにあります。
14世紀から科学的な暦は琉球内にあったものの、民衆の支持を得ていたのはトキの占いによる暦でした。
それでも王府は科学的な暦に転換することを計画していたため、トキを禁止しました。
ユタが禁止された理由は、まず第一にはユタに対する謝礼がなくなれば民衆の無駄遣いを減らせるという目的がありました。
そして民衆には税金をしっかり納めてもらうためこのような措置がとられました。
中には、生活もままならないほどにユタにお金を使ってしまう民衆もいたのです。
そして第二に、王府は国内に最新の医学を普及させようとしたためです。
当時はユタに病気の相談をするのは当たり前でしたから、病気についても霊的な理由やスピリチュアルな分野という意識がありました。時代を経た現代の科学的な根拠に基づいた医学とは違う認識がありました。
王府はスピリチュアルなユタの代わりとして、中国で医学を学んできた医者を推奨しました。
 
このように琉球王朝は、神がかった霊的なものや、占星術などから、最新の科学という合理的なものへ転換していくことになったのです。
それでもユタになる女性や、依頼する人々はあとを絶たなかったといいます。
その証拠として現代にもユタは存在していますね。

出典
上里隆史 喜納大作(2012)『知れば知るほどおもしろい 琉球王朝のすべて』河出書房新社


守礼門

夜にライトアップされた 守礼門
 


 
 
世界遺産 国指定重要文化財 國比屋武御嶽石門(そのひゃんうたき いしもん)

国王が外出する時、ここで安全祈願をおこなったと伝えられる礼拝所です。
 


歓会門(かんかいもん)



正殿 周辺



小高い丘の上に首里城公園がありますので、那覇市が一望できます。

沖縄の歴史を知る上で重要な場所であり、多くの人が訪れる観光地でもあり、
琉球王朝の拠点に選ばれた土地として、強い力を秘めたパワースポットと言えます。



那覇市の夜景

    占いのパワースポット 首里城公園
 
所在地
〒903-0815
沖縄県那覇市首里金城町1-2


ゆいレール(モノレール)のアクセス
  • 那覇空港駅から「ゆいレール」に乗車。
  • 首里駅にて下車。 徒歩約15分で守礼門に到着。
  • 首里駅からは路線バス (首里城下町線7番・8番)も出ています。
  • 首里城前バス停にて下車。徒歩3分で守礼門到着。 
レンタカー・自動車のアクセス
  • 那覇空港から国道331号線へ出て、那覇市内中心部へ。
  • 国道58号線に入り、泊交差点を右折。
  • 県道29号線を直進して首里方面へ。

  




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