千葉のパワースポット 玉前神社

 
 
 
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    占いパワースポット 玉前神社(たまさきじんじゃ)

源頼朝が正室の安産祈願をした  上総国一之宮

九十九里浜は、なだらかな弓形の海岸線が99里も続くことから九十九里浜と呼ばれます。
房総半島は東岸に位置するこの九十九里浜に近い一帯は、気候も一年を通してあまり温暖差がなく、山海の幸が得やすく、有史以前から人の住む居住地となっていたことが判っています。

縄文時代や弥生時代ほど古代からの遺跡や貝塚などの遺跡が存在します。
その九十九里浜の南端に静まるのが、海に関わる女神・玉依姫命(たまよりひめのみこと)を祀る玉前神社です。
少なくとも1200年以上の歴史を有すると考えられています。



所在地の一宮町一宮という名の通り、昔から上総国一之宮、延喜式内名神大社として人々の崇敬は深かったようです。
 
玉前神社の一の鳥居は真東を向いており、春分・秋分の日には光を正面から受けます。
そのまま光のラインを西に延ばすと、富士山頂などを経て島根の出雲大社へとつながります。このラインは神気に満ちた「ご来光の道」とも呼ばれています。



    玉前神社とゆかりのある源頼朝
 
鎌倉幕府の成立前の養和2年(1182年)、源頼朝が安産祈願をしています。
正室の北条政子は、長女の大姫に続き第二子を身ごもりました。
これを喜んだ頼朝は、当時から安産祈願で有名だった玉前神社への奉幣をし、ご加護を祈りました。
その甲斐もあり、政子は無事に男児を出産しました。
この子は後に頼家となり、父の跡を継いで鎌倉幕府第二代将軍の座に就きました。


上の写真はさざれ石です。

日本の国家「君が代」で歌われているさざれ石のモデルとなった石ではありませんが、

もともと小さな石の集りだったものが、永い年月をかけ炭酸カルシウムや水酸化鉄が隙間を埋めていき、後から大きな岩状になったものです。
(君が代の由来と言われているさざれ石は、岐阜県揖斐川町にあるさざれ石で、岐阜県の天然記念物に指定されています。)


上の写真は、拝殿に向かう鳥居です。


上の写真は、俳句の大家・松尾芭蕉の句のモデルとなったイチョウです。

イチョウの下に松尾芭蕉の句碑が建てられています。

「たかき屋にの御製(ぎょせい)を有り難を今も猶 叡慮にて賑ふたみや庭かまど はせお」

と書かれており、はせお とは芭蕉ご本人のことです。
元禄元年(1688年)、仁徳天皇の聖徳を称えた句です。
芭蕉をはじめ金波一門によって書かれた多くの句が刻まれています。



残念ながら詳しいご由緒は戦火で焼失されてしまったとのことですが、
平安時代の「延喜式神名帳 えんぎしきじんみょうちょう」では名神大社として名を列せられ、
非常に格式の高い上総國一之宮(かずさのくにいちのみや)として伝統があり信仰を集めてきた神社です。
延喜式神名帳には名神大社として名を列せられているのは全国2861社の内、226社です。
ただ「延喜式神名帳」の神社の選定は延長5年(927年)頃、当時の神祇官が行ったもので、全国で名前の列せられた神社がほとんどですが、名前の挙がっていない神社だからといって神格を疑うような事は出来ません。
むしろこの「延喜式神名帳」に格式をもって列せられる神社は、古くから日本の朝廷や政治と深い関わりのあった神社と見てとれます。


上の写真は、神社境内にある「はだしの道」です。

ここ玉前神社は江戸時代から恵方参りや吉方参りの参拝者が多いそうです。
それも江戸から見たときに良い方角に建立されているため頷けます。

「はだしの道」はお履き物を脱いで足裏から自然の気をもらうための道です。

時間をかけて ゆっくり一周されるのがお勧めです。

吉方取り・吉方参りについての吉日を選ぶ鑑定は、当事務所の専門分野でもあります。
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