日光のパワースポット 輪王寺

 
 
 
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    占いのパワースポット 輪王寺
 
 
日光山のご縁起は、奈良時代まで遡ります。
日光山輪王寺の開山は天平神護2年、勝道上人によってなされました。
輪王寺、二荒山神社は道上人によって開かれました。

根底には、山自体がご神体である日本固有の原始信仰があります。
輪王寺の境内は、現在は東照宮も含め日光山という山号になっています。
 
上人は、大谷川の激流を渡り、その北岸に草案を結びましたが、その由来についての伝説が伝わっています。
上人は草案で日夜修行につとめていましたが、ある日 東方に四色の雲が湧き、
その上に紫雲が立ち昇ったのをみて、その地に仏堂を建立しました。「四雲立寺」という寺でしたが、後に「四本龍寺」となり、日光山のご縁起と伝えられています。
またもう一つの説では、その所在が四神相応の地であり、四方の中心である本において、東方の青龍に当って、寺を建てていることからその寺名になっていると言われています。
 
 
    勝道上人について
 
勝道上人の像
 
 
天平7年(735年)4月、勝道上人は誕生しました。
両親は男子を授かることを切望しており、懐妊の際に両親の夢に白い蛇が現れて知らせたという逸話があります。

上人は幼少期は仏堂、石塔をつくって遊ぶ子供で、友達から「輿寺」とあだ名されていました。

7歳のとき、夜中に天上界の明星天子と名乗る神童があらわれて、
上人こそ仏教を興す人であると、「三帰依文」と「四弘誓願」を授けて、立ち去ったといいます。

やがて20歳のとき、密かに伊豆留の千手観音の岩窟に入っています。両親は上人の行方を突きとめることが出来ませんでした。
そこで懺悔の法を修行すること3年、23歳の11月に霊夢を見ることとなります。

北方に大きな山があるのをみて、その山頂には大剣のあるという夢です。
夢が覚めてから上人は北に向かい、いわゆる大剣峰に登ってみると、夢に見たとおりの光景であったため、上人はその山に籠もり、一心に修行に専心します。
その間 、化人きたりて美菓を与えられたので、飢えることもなかったといいます。
この山は大剣峰と名付けられ、この山での修行は3年に及びました。

 
上人27歳、下野の薬師寺(いまの栃木県河内郡の安国寺)に赴いて正式に僧となり、
4年後の天平神護元年(765年)には、弟子とともに大剣峰に登り小庵を結び、読経修行の日々を2年間送ります。
ある日大剣峰の頂上から四方を見わたすと、北方に高峰があり五色の雲がただよっていて、ただならぬところに見えました。

そこで上人は7日間、厳しい山道を踏み越えてこの山まで続く大谷川までやって来ました。
大谷川はたいへんな激流で渡れそうもありませんでした。
上人は一心に明星天子に祈り、湖畔の巨石に座して「三帰依文」と求聞持の呪を誦して神の加護を願います。
突然ひとりの神人があらわれて、2匹の蛇を川に放ち、2匹の蛇はたちまち橋の姿となり、上人は無事に大谷を渡り終えることができたと伝えられています。
この橋は現在、日光山にかかる「神橋」と呼ばれています。
天平神護2年(766年)、神橋の向こうの地に草案を結び、勝道上人による開山とされています。
 
それから16年後の天応2年、上人は二荒山(男体山)の山頂を極めることを欲して修行の日々の末に、
経を写し仏を図し、経像を背負って、弟子たちと共に、
「願わくば、善神、威を加へて、(中略)わが願を助け果たし給へ。
   われもし山頂に到らずんば、また菩提に至らじ。」
と願をかけて頂上に向かい、ついに二荒山の山頂を極めるに至ります。
 

登頂後は、中禅寺湖畔に草案を結び、上人自ら移り住むこととなります。
上人はこの地で83歳まで広く教えを説かれ、弘仁8年(817年)2月、
入滅の前には弟子たちを呼び集め、
「心を合わせて、仏法を興し、神を奉崇し、鎮護国家・万民利益を祈れ」
と遺命を遺されました。
 
日光山には弘仁11年(820年)、弘法大師 空海が日光山に訪れ、
勝道上人の高業を記した文書を記しています。
 
嘉祥元年(848年)には、慈覚大師  円仁の日光来山も伝えられています。
下野国壬生の生まれだった慈覚大師は、日光山に対する尊崇篤く、日光山と天台宗の関係をいっそう深めたといわれます。
 
また日光山は、鎌倉時代には修験道の地としても盛んに有名となります。
修験道の開祖は役行者(えんのぎょうじゃ)という修行者で、山に籠って山々を廻り、修練苦行する独特の修行法です。
 
 
 
    慈眼大師  天海大僧正による中興
  
 
江戸時代に入り、慶長18年(1613年)、天海大僧正が日光山 第53世貫主となります。
応永27年以来の座禅院を廃絶して、元和7年(1622年)、本坊光明院が再興されます。
天海大僧正は、徳川幕府三代の将軍に仕え、政にあたって枢要な地位にありました。
徳川家康の遺命により、天海大僧正は先導をつとめ、まず久能山の東照宮に葬られた家康を1年後に日光の東照宮に遷葬しています。
家康を「大権現」と神号したのも天海大僧正で、そのころ「権現様」と言えば、それは他にも多くの権現があるにもかかわらず、それ以降は家康をもって代表するようになりました。
これが現在の日光東照宮の発祥となっています。
 
 
 
 
 
   占いパワースポット輪王寺のアクセス・交通
  
日光山輪王寺ホームページ
 
栃木県神社庁ホームページ
 
自動車のアクセス
 「日光インター」出口から、国道119号を走行し約2.5km。
 
バスのアクセス
 JR日光駅、東武日光駅から、「世界遺産巡りバス」が走っています。
 JR日光駅、東武日光駅、ホテル清晃苑前、勝道上人像前、表参道、
 西参道、二荒山神社前、神橋などを通ります。(平成28年現在の情報です)
 
電車の最寄り駅
 JR日光駅
 東武日光駅
  
 
 
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