神社の社格は何を意味するのか

 
 
 
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   疑問  神社の社格は何を意味するのでしょうか?
  
        
 
 
日本には現在47都道府県に、神社おおよそ8万1200社余りがほぼくまなく分布しています。
平成12年度の市町村数が3230ですから、平均しても自治体ごとに25社以上が鎮座していることになります。
その多くは、明治維新当時までの村落単位で、かつては大字ともなった集落事に鎮座していた、ささやかな氏神鎮守には違いありませんが、それにしても相当な数です。

 
そのなかで特に歴史的由緒があったり、広く地域を越えて特別の信心や崇敬の対象となってきた有名大社は、古来その数がごく限られています。
近代で言えば、昭和20年の終戦までは社格制度というのがあり、国家が管理する神社(官国弊社)が220社、都道府県が管理する神社(府県社)が1148社で、これらが全国の主な人だとされましたが、戦後に社格制度が廃止された現在でも、実質的に重要な神社はほぼこの範囲に含まれているものです。
 

また歴史をさかのぼって近世以前の主要神社を絞り込むとすれば、やはり「延喜式」(
延長5年・927年選上)の神名帳に記載された、全国2861社の延喜式内社となります。

この延喜式内社は、奈良・平安の時代をとおして律令国家が当時の諸国66点または68州に分布する各地の主要神社を認承した範囲でしたが、
実は延喜式が編纂された当時から早くも崩れはじめた律令祭祀を補うように成立してきたのが、畿内(都や皇居に近い範囲)中心のいわゆる二十二社制度と地方諸国における一の宮、総社でした。

 
この「二十二社」や、諸国の「一の宮・総社」の制度は、国家の法的な制度ではありません。律令からの正式な制度ではなく、古来から朝廷が格別の崇敬を重ねてきた周辺の有力大社が二十二社の数に及んだということです。
一の宮や総社も、地方官である国司がその主要な任務である領国内の神社の祭祀のために便宜上定めた、これも慣習上広まった制度にほかならないものでした。
 

一の宮や官弊大社、官幣中社などを見ると、多くのご祭神やお祀りされている神々は、天皇家とのゆかりが深い神々であり、天皇家や歴代の幕府などの権力者からの尊崇が深ければ深いほど、神社の位も上になっています。
そのため、神社の位で神格を判断するようなことはできないと私自身は思っているのです。
ですが古来から天皇家は、日本国民の発展と平和をただ切に願い、政と神神に祈りを捧げることで日本国民を守り治めてきた王家であり、天皇家なしには勤勉で和を尊ぶような古来の日本の発展はなかったことを思うと、尊敬と感謝の気持ちは並々ならぬ大きいものがあります。
 

「二十二社」は、
伊勢、石清水、賀茂、松尾、平野、稲荷、春日、大原野、大神、石上、大和、広瀬、龍田、住吉、日吉、梅宮、吉田、広田、祇園、北野、丹生川上、貴船の諸社で、
いずれも京都とその周辺に鎮座し、気候の不順や天変地異、朝廷や国家の大事での臨時の祭りと年2回の慣例の祭りに、朝廷から特別の祈願と供え物(奉幣)を捧げます。

 
「一の宮」は、地方に向かった国司がまず国内の神社を巡拝して、
中央の神祇官に代わり年ごとに奉幣する順序を一の宮、二の宮、三の宮と振り分けることとなりますが、その中で特に一の宮が重んじられるようになっていきます。
一の宮は全国の神社の長い文化史的背景の中で、格別に地方諸国を代表する有名大社になっていきました。

 
「総社」は、国内の諸社と祭神とをすべて一緒にお祀りしたような神社です。
国司が一括して国内諸神を祭祀できるよう国衙(地方政治における役所のこと)ちかくに創建するもので、国衙の周辺には普及しましたが、諸国に等しく普及したものではありません。
 
 
神社はただの宗教といったものではなく、日本の精神風土の基礎とも言える存在であります。
全国の一宮を知っていただくことで、改めて日本の精神風土をうかがえる貴重なご縁となることを願っております。
 
 

「延喜式」     奉幣の一部の様子




 
 
 
 
 
 
 
 



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